ふたりだけのアクアリウム



沖田さんの車に乗っている間、私たちは他愛のない話をしていた。
とは言っても彼はそんなにおしゃべりな人ではないので、基本的には私が話しているのだけれど。


昔、実家で飼っていた犬のポン太の話とか、高校時代は古着ファッションにハマって原色の服ばかり身につけていたとか、医療系のドラマは絶対に見逃さないようにしていることとか。


どう考えても沖田さんからしてみれば、私のそんなプライべートな話なんてどうでもいいと思うはずなのに、優しい彼はふむふむとうなずいて聞いてくれた。


「すみません。脈絡もオチも無い話ばっかりですね、私」

「お笑い芸人じゃないんだから、そんなの気にしなくても」

「芸人だったらコンビ名は?」

「ダブルいっちゃん」


普通にサラッと答えるものだから、沖田さんの微妙なネーミングセンスに大笑いしてしまった。


「売れてない感がヒシヒシと伝わるコンビ名ですね」

「佐伯さんは、学生時代からあだ名はいっちゃん?」

「大体そうですね」


他に変えようがない名前なので、これまでほとんの友達に「いっちゃん」と呼ばれてきた。
そういえば、付き合ってきた人には「逸美」とか「イツ」とか、そんな風に呼ばれたこともあったけど。

あだ名なんて気にも留めてなかったなぁと思っていたら、沖田さんが尋ねてきた。


「逸美ちゃんちで飼ってたポン太って、犬種は?」

「ラブラドールですけど…………、…………逸美ちゃん?」


実家のおじいちゃんくらいしか私を「逸美ちゃん」と呼ばないから、変な感じがした。
その言葉を沖田さんが口にすると、まるで違う名前みたい。


「たまには違う呼び方で呼ばれるのも悪くないでしょ」


彼は運転中なので私を見ることはなかったけれど、口元に笑みは浮かべていた。


「逸美ちゃん、なんて久しぶりに呼ばれました」

「どう?」

「なんかむず痒いです」

「あはは、そのうち慣れるよ」


ずっと呼んでくれるのかな。
そう思わせるような言い方だった。