「じゃあ、僕は係長の雷を受けてきます。佐伯さんは、お仕事お疲れ様でした。気をつけて帰ってね」
私のことなんかつゆ知らず、沖田さんはいつものニコニコした笑みを顔に浮かべたままそう言い残し、手を振ったあとすぐに事務所へと引き返していった。
少しの間、その場に立ち尽くしていた私だったけれど。山口との約束を思い出して、急いで通用口へと向かう。
予定よりも少し遅れてしまった。
「山口、お待たせ。遅れてごめん」
すでに通用口の外の喫煙スペースでタバコを吸って待っていた山口は、私の姿を確認するなりパッとした笑顔になった。
そして、「お疲れさーん」と言いつつタバコを灰皿に押し付けて火を消している。
「どれ、じゃーファミレス行くか。な、佐伯。…………佐伯?」
「なによ、そんなにじっと人の顔見て」
「お前、熱でもあるんじゃないの」
「へ?」
山口に指摘されて、何のことを言っているのか分からなくて眉を寄せた。
「だって、めちゃくちゃ顔赤いよ」
言われた瞬間、自分の両頬を手で包んだ。
ついさっき、沖田さんが顔を近づけてきた時。
もう頬と頬が触れ合いそうになるくらい近くに顔があって。
前にもあった、似たようなことが。
お酒の匂いを確認するように、私の顔のそばまで近づいてきた。
その時の「ドキッ」とは、今回は種類が違うのは自分でもどこかで自覚していた。
冴えなくて地味な沖田さんが、 実はけっこういい顔をしていることとか、会社の外ではかなり素敵な笑い方をすることとか、色素の薄い目が綺麗なこととか。
社内で知ってるのは、私だけ?
そう思ったらますますドキドキしてしまった。
「気のせいだよ。行こっ」
さっきの「ドキッ」は無かったことにしよう、と思いながら、山口を引っ張った。