ふたりだけのアクアリウム



すると、さっきまで私の手を力強く握っていた茅子さんの手が、少しずつほぐれるように緩み始めた。


ん?と顔を上げると、なんと彼女はコックリコックリと首をもたげて夢の世界へ片足を突っ込みつつあった。

このまま深い眠りにつかれては困る!

急いで「茅子さん!出ましょう!」と声を張り上げ、寝ぼけ眼の茅子さんをどうにか起こして会計を済ませる。
もはや意識のない彼女の分まで今夜は私が飲食代を全部支払っておいた。


こういう展開は少なくないので、なんとなく彼女の対応にも慣れてきたし、自分が奢ることになるかもと高を括っている。


肩に担ぐようにして茅子さんとお店を出て、外にあった長イスに腰かけて彼女のテーパードパンツのポケットに手を突っ込んだ。
もちろん、茅子さんはもう寝てしまっている。

ポケットから彼女のスマホを出して、暗証番号を入力。ロックはあっさり解除された。


こういう時のために、ロックの解除方法は事前に教えてもらっているのだ。


茅子さんの彼氏である駿一さんに連絡して、彼女を迎えに来てもらうという約束をとりつけた。
ひとまずはこれで彼女は家に帰れるので安心だ。


私の肩にもたれて眠る茅子さんが、むにゃむにゃと口を動かしてなにやら寝言をブツブツとつぶやいている。


「いっちゃ……だいじょ……よ、明るいし……よく笑……し」


夢の中でも私のことを元気づけてくれているらしい。
思わずクスリと笑みがこぼれる。


明るくてよく笑う、というのは茅子さんや会社ではそうなのかもしれない。
あの人と付き合っていた頃の私は、家に帰ると悩んで悩んで、悩んで泣いて、彼を困らせてばかりいた。

前向きになれなくて、不安になって。
何が不安なのかも分からずに、知らず知らずのうちにワガママを言っていた。


『明日も朝早いって言っただろ?帰るから離してくれよ』


そう言って帰っていく彼の後ろ姿を、仕方なく、だけどなんの疑いもなく玄関先で見送っていたんだ。


どうして泊まっていってくれないのかな。
私と一緒にいるのが嫌なのかな。
いや、彼が嘘をつくわけがないから本当に仕事が忙しいんだ。


言い聞かせて、彼の言葉を信じたり疑ったり。
思い返せばそれでは疲れるのは当たり前だったな、と。