新庄が帰ったあと、しばらくして弥生が二階から降りてきた。

少し眠ったら落ち着いたと言う弥生は、確かに少しはスッキリした顔つきをしていた。


オレは、弥生を混乱させないため、新庄のことは伏せておくつもりでいたが、さっきの新庄の様子をみていると、何らかの探りを入れてみた方がいいのかもしれないなと、考えを改めていた。


たとえ記憶がなくとも、スマホや手帳に新庄の形跡があるかもしれない。

そう思ったオレは、すぐに夕食の準備に取り掛かると言った弥生を呼び止めた。


「さっき弥生が休んでる間に、男の人が訪ねてきたんだ。その人は病院にも見舞いに来てて、ちょうど弥生が寝てる時だったから面会しないで帰っていったんだけど、・・・・・その人、新庄って名前なんだけど、弥生のスマホに登録されてない?」


平気な顔して尋ねながらも、オレは内心で、弥生が新庄という名前を聞いても無反応でいますように・・と祈っていた。

オレの祈りが通じたのか、弥生は黙ってオレを見上げ、

「新庄さん、ですか・・・・・?」

そんな名前に聞き覚えはないという態度を見せてくれた。

そしてスマホを操作していたが、

「・・・・・・新庄さんというお名前は、アドレス帳には登録していないみたいです。」と言い切った。


「そっか、ならいいんだ。その人、仕事の関係で弥生と知り合ったって言ってたから、もともとそんなに親しいわけじゃなかったのかもしれない。変なこと訊いてごめんね。」


弥生の回答に胸を撫で下ろすも、それはまさしく、オレが新庄という男に不信感を抱いた瞬間だった。

オレが最も怖れていた、”新庄と弥生が親しい間柄” という関係図は壊せたけれど、それならば新庄のポジションが掴めない。

オレはデニムパンツのポケットにしまった新庄の名刺を、今度一人の時に調べてみようと決めた。



弥生はちょっとだけ、自分を訪ねてきたというその男を気にしたようだったが、やっぱり思い出せないということで、気持ちを切り替えて夕食の支度に取り掛かっていった。

「何作ってくれるの?」

「今日お買い物してきた中から、適当に作ります。なんでもいいですか?」

「うん。納豆以外は特に好き嫌いないから。」

「ちょっと待っててくださいね。」

自分が料理上手だったということを身体で悟ったのか、弥生は少しだけ元気を取り戻したように言った。


キッチンに向かう弥生を見送ると、オレは手持無沙汰になり、もう半分諦めモードになっていた旅行代理店への連絡を試みた。

やはり、呼び出し音はするのに、誰も出ない。

これだけ不通だと他の連絡先にもあたってみようかと考えるが、どちらにしろあと五日ほどで親達は帰ってくるはずだし、弥生も記憶以外は問題ないようなので、このまま親達の帰宅を待ってもいいかという気もしてきた。


オレは通話を終了させると、何か手伝うことはないかと、キッチンに立つ弥生にお伺いをたてた。



その夜、弥生が夕食に作ってくれたのは、しょうが焼きだった。




それは、オレの大好物だった。