金木犀のエチュード──あなたしか見えない

「君が認めるほどの確かな実力を詩月が持っているからこそ、負の感情に押し潰されたまま燻っていてほしくない」と、アランは説得した。

緊張、孤独、自信の無さ、父親へのコンプレックス、ズタボロの演奏……詩月は泣きながら練習した。

可哀想だと思っていたのか、アランはずっと詩月を見守っていた。

アランのある提案から1年、詩月がようやく自信をつけ始めた矢先……突然の出来事だった。

 大学の広報活動として毎年、秋に行われる定期演奏の打ち合わせ、その帰りだった。

出張先を出た時には、すっかり日が落ち、雨が降っていたらしい。

アランは高速を降り、制限速度を守って運転していた。助手席には、愛用のヴァイオリンを乗せていた。

週末、アランと私はピアノコンクールを聴きに行く約束をしていた。

詩月がピアノコンクールの本選に出場すると聞き、アランはその演奏を楽しみにしていた。