通気孔から聞こえる音色ではなく、ピアノを弾く詩月くんの姿を観ながら、間近で聴きたいと思った。

いったいどんな表情で演奏しているのかを観てみたいと思った。

先ほど見た様子は、果たして現実だったのかさえ判らなくなる。

志津子が何度も溜め息をついたり、声を出しながら聴いている。

こんな難曲を実技試験に弾いているだけでも信じられない。

スゴい自信だと思う。

周桜Jr.というくだらないレッテルを引き剥がしてやるとか、第3番変イ短調を弾くために来たとか、強気の言葉も聞いている。

「信じられないわ、本当に具合いが悪そうだったの?」

志津子は「見間違いではないの」と疑い深い目を向け、わたしを睨んだ。

「間違いないわ、手すりに掴まって歩くのさえやっとだったし、体も火照ってスゴく熱かった」

わたしはムキになって答えた。