金木犀のエチュード──あなたしか見えない

ピアノ越しに、安坂さんと緒方さんの会話が聞こえる。

「周桜は、昨日はリリィさんのお悔やみに行ったんじゃないか」

「うん、先一昨日からずいぶんしょげていたわ、欠席するほどショックだったのかしら」

周桜詩月は休んでいるという内容に、いっきに気持ちが萎える。

「残念、今日は来ないんだ」

永山さんは珈琲を啜り、ふ~うと長いため息をついた。

風鈴の音が鳴る。

「あ――涼しい」

汗を拭き拭き入ってきた学生は、カウンターの中にいるマスターに「アイス珈琲」と声を掛け、迷うことなく安坂さんたちの居る席に向かう。

席に着くなり、メニューを手に取り、団扇代わりにし扇ぐ。

「詩月、昨晩から熱出して寝てるんだ。アイツ、鶴岡八幡宮から救急車で運ばれて来たんだぜ。何であんな所まで行ったんだか」

「えっ、救急車で! 倒れたの?」