金木犀のエチュード──あなたしか見えない

そう思って目を擦り、耳を澄ます。

お婆ちゃまではない、詩月くんだ。

演奏しているのは間違いなく、詩月くんだ。

なのに、詩月くんの醸し出す雰囲気からも奏でる音色からも、お婆ちゃまを感じた。

ーーアラン、貴方はヴァイオリンを捨てられない。アラン、貴方は音楽を捨てられない。もう1度、『懐かしい土地の思い出』を貴方と弾きたい』

お婆ちゃまの、詩月くんとのレッスン日記に綴られたアランとリリィのページがはっきりと脳裏に浮かんだ。

切々と綴られたページの所々についた涙の跡まで鮮明に。

アランーーハッとした。

詩月くんが一瞬、動きを止めた場所、非常口を表示するランプの下に目を凝らした。

腕組みをし、舞台の上の詩月くんを見つめて佇む男性に見覚えがあった。

ーーアランだ

詩月くんが今、誰を思い誰に向かって演奏しているのかが、はっきりとわかった。