「彼の演奏ーー毎回、違うんだよな」

男性は詩月くんの「懐かしい土地の思い出」の演奏が終わるが早いか、聞こえるよがしに言った。

たしかに、詩月くんの演奏は毎回、違う。

気まぐれ、自由気まま、行き当たりばったり、成り行き任せ、その時の気分しだいーー掴み所がない。

「それは貴方が今日、初めて彼の演奏を聴いたのではなく、かなり聴きこんでいるということですよね」

「まあ、そうだな。彼の演奏は病みつきになる。君たちもそうなんだろう」

男性がわたしと志津子の顔を覗きこんだ。

詩月くんは観客のリクエストに答えて、流行りの歌手の歌で演奏を続けている。

「コンクール間近に、レッスンも受けず練習室にも篭らず、街頭演奏しているのは彼くらいですもの」

志津子が図星なのを悟られまいと平静を装いムキになったわたしの袖口を引っ張った。

「コンクールが間近なのにという、噂は本当なんだな」