「んーー、良いね」

祖母の日記を詩月くんの家に届けた翌日のこと。

山下公園のカモメの水兵さん歌碑辺りで、志津子と詩月くんの演奏を聴いている時だった。

詩月くんの演奏姿を腕組みしてじっと、見つめている男性の姿が目に止まった。

男性の側にはカメラを構えた若い男性もいて、詩月くんをしきりに撮影していた。

ヴァイオリンコンクール予選が数日後に迫っている。

音大の楽オケ次期コンサートマスターの安坂さんも半月も前からピリピリしていると聞いている。

教授のレッスンのスケジュールを抑え、レッスンをつけてもらって入念に、コンクールに備えていると。

カフェ・モルダウで、音楽科の学生が話していた。

そんな緊迫感の中でさえも、詩月くんは街頭演奏をしていることが、音楽科の学生たちには「何を悠長に」と、思われてしまうのだろう。

「んーー実に良い」