詩月くんのお母さんの言葉が信じられなかった。

「詩月くんは、わたしなんか比べものにならないくらい上手でした。わたし、あんなに上手に弾いても叱られるんだと思うと……」

母は言葉に詰まったわたしを見て、お婆ちゃまの日記を受け取ってほしいと切り出した。

「10年間分の指導日記」だと言うと、そんな大事なものをと、目を丸くし瞳を潤ませた。

「百合子先生に、あの子の指導をお願いして良かったと思っています。先生のご指導がなかったら、あの子はずっと夫の影から抜け出せなかったし、あんなに感情豊かな音色を奏でるようにはならなかったでしょう。感謝しています」

詩月くんのお母さんは、そう言って頭を下げた。

「母は詩月くんを教えながら、生き生きしていました。『私の全てを賭けて詩月を育て見守っていく』母は常々話していたんです」