俺の生まれ育った村は、森の北西にある小さな貧しい集落だった。
 若者から中年の世代はもれなく都市部に流出し、村に残されたのは、ろくに動けない老人と、俺ただ一人。つまり、働き手はほぼ俺だけだ。
 母は死に、父は幼い妹を連れてどこかに行ってしまった。
 だか、それでも俺は、村を守るため必死で森中を駆けまわり、国からの配給も合わせて何とか食糧を確保していた。
 しかし、それでも次第に供給は追い着かなくなり、需要もそれに呼応するように、ポツリ、またポツリと、飢えて死ぬ者が現れた。
 そして、帝国はついに、死にかけのこの村を見捨てた。
何の特産物もなく、経済効果も期待できないこの村に、国は肉を撒き続ける理由はないと判断したのだ。
だから俺は、この村の危機を何とかしようと禁断の狩りに手を出した。

俺はあの日、いつものように狩りに出かけた。あれはよく晴れた日の朝だった。空気は清涼に澄み渡り、小鳥はチキチキと朝の音楽を奏でていた。
二十分ほど、あちこちに仕掛けた罠の状態をチェックしつつ、村周辺の森を探索していると、針葉樹の合間を縫うようにして二匹のエルフが現れた。
こんな所に珍しいと少し驚きつつ様子をうかがっていると、何かにおびえているのか、二匹で肩を寄せ合うようにして歩いているのが見て取れた。

周囲を警戒しているようだが何かあったのだろうか? 俺は考えた。
国営のハンターに追われている? いや違う。前回、大規模な猟が行われてからそう日は経っていないし、緊急猟の情報もない。大丈夫なはずだ。
密猟者の立場からすれば、少々危険な香りもしたが、何にせよ、こんな大物を放っておくほど俺をバカではない。
天然物のエルフは大きな金になる。
俺は、父から受け継いだ古ぼけた弓に手を掛けた。弦を引く手に力を入れるたび、ギィギィと苦しげに音を立てる。大物を前にした緊張からか、ターゲットに向けた矢先がプルプルと震える。
目視でのエルフとの距離はおおよそ20m。大丈夫、外す距離じゃない。
ひょう、と音がして矢が弓から飛び立った。モミの木の幹をわずかにかすめて、矢は雄の脳天に突き刺さった。雄はその場で2,3歩ふらふらとよろめくと、雌の体をなぞるようにずるずると地面に崩れ落ちた。
エルフの雌はたおやかな金髪を乱しながら、雄のもとへへたり込んだ。
やがて雄も俺の矢の前に倒れた。二人の血は混ざり合って流れ、大地を潤した。
俺はその高価な肉塊のもとに駆け寄ると、首元を裂いてすぐに血抜きを始めた。肉を部位ごとにおろすと、可能な限りリュックに詰め、残りはここで頂くことにした。
火を起こし、肉を炙ると、野性味あふれる濃い匂いが辺りを包んだ。
パチパチと肉が音を立てて肉汁を垂らしている。
ドクン、と俺の脳の奥から原始的な衝動が沸き起こった。
程よく焦げ目の吐いた肉塊に俺はむしゃぶりつく。
成熟したエルフのもも肉は身がギュッと引き締まり、コクのあるうまみがたっぷりと蓄えられている。
歯を押し上げるようなしっかりとした噛みごたえと共に、肉の奥から奥から止めどなく味があふれてくる。
まるで、既に味付けされてあるかのような濃厚な味わいで、そこらの動物の肉とは格が違う至高のテイストだった。
エルフの肉を食べた後は、生命力が満ち溢れてくるような不思議な感覚が体を巡っていく。
この「生きている」という実感に俺は思わず身震いをした。
腹が満ち、すっかり気が緩み切った様子でしばらく呆けていると、後方からふいに物音がした。ピリピリとした敵意が俺に向けられている。
「誰だ!」
声を張り上げて威嚇しながら後方を振り返り、同時に弓を構える。
密猟監視官だろうか?もしそうならば、捕まれば死刑は免れない。だが、屈強な監視官相手に力で圧倒できるとは思えない。
聞こえた足音は一人。なら二人組で行動する監視官はもう一人がどこかに隠れているに違いない。
まずいまずい。抵抗すればあちらは即、命を奪いに来るはずだ。
いっそシラを切るか。一応死体の処理は済ませてあるから、何とかごまかせるかもしれない。飛び散った血もシカ狩りの現場だとか何とか言えば案外信じてもらえるかも。
俺はすぐに役作りに取り掛かった。「森でのんびりシカを狩っていたら、エルフ狩りに間違われてワォ!災難」な猟師役を。
心臓が高鳴る。そして一瞬間をおいて姿を現したのは、エルフの少女だった。