「お待たせ」


「今来たところだよ……あれ?」


唇の端が切れたのかな?貴島は絆創膏を貼っていた。


「貴島……口、大丈夫?話したら痛いとか……」


「大丈夫だよ。大したことじゃない」


苦しそうに笑う貴島は全然大丈夫そうではない。けど、深く聞こうとするのは、今までの関係を崩してしまいそうで聞けない。


「木が陰になって涼しいね」


そんなことしか思い付かなかった。


「うん、こういう日にはぴったりの場所だ」


貴島にとって今日はどんな日なんだろう?良い日だと嬉しいけど、良いことだけの日では無いのかも。


「人の声は聞こえないし、木に囲まれているから、二人だけの場所だと錯覚しそうになる」


「本当は、階段を上がれば誰でも入れるのにね」


自嘲気味に言った。少し前の私は、無意識に安全だと思い込んで、あのお祭りの時のように楽しいことが待っていると信じきっていた。


「貴島、私って地味かな?」


地味だと思っていても、貴島は違うと言ってくれるんだろうな……。


「地味?親奈は可愛い子だ。可愛いだけでは言い表せない……はは、こういうときに限って良い言葉が思い出せない……」


貴島は木漏れ日を掬うように手を動かした。


「友達にもおかしな男子にも真面目に向き合っていて、怖くても大事な時に立ち向かう。そんな親奈の真っ直ぐな優しさが心地良い。でも僕以外のあいつともそれなりに話しているところを見ると不安になる」


「私も貴島が好かれていると、誇らしく思う。けど、それだけじゃなくてこっちに悪意を向けてくるのが嫌だ。……貴島みたいな人と一緒にいたら、そういうこともあるよね」


「僕のせいで辛い思いをさせてしまった……すまない。まだ親奈の良いところがわからない人はいるんだな……。知ったら知ったで悪い虫がついてくるが……」


悪い虫……貴島が暴れる様子を思いだした。


そうだね、現実は不安なことばかりだよね。


「良いところを知っている人が自分だけだったらいいのに」


不思議なことに、私のではない声もぴったり重なっていた。
落ち込んだ末に出した、ちょっとした願いが重なったんだ。
道は違うかもしれないけど、終着点は同じだった。