小さな声だった。高田さんに聞こえたかどうか自信がなかった。ますます強くコートの裾を握った。
ふう、と息を吐く音がして、高田さんはベッドの上で背中を壁につけて天井を見上げる。
困らせたのかな・・・やっぱり、聞かなきゃよかったのかな。
突っ立ったままで私は途方に暮れる。
じんわりと涙が浮かびだした。・・・ああ、私ってバカ。ここまでやってくれたのに、そんな些細なことを欲しがる。だけどだけど―――――――
心の中の暴風雨に負けそうになった時、高田さんがゆっくりと話しだした。
「・・・尾崎さんは、稲葉を知ってますか?」
「はい?」
浮かんだ涙が止まった。・・・え?いきなり何?何だって?今何て言った?
「え・・・すみません、もう一度」
「稲葉を知ってますか?去年まで中央支部にいた営業で、俺の一つ上なんですが」
私は今度こそ首を傾げる。
うん?稲葉って・・・あの、3大イケメンの、昇進して地方で支部長になった人のこと?何よいきなり。
かなり混乱はしたけど、お陰で涙は止まった。私は怪訝な顔で言う。
「・・・ええと・・・はい、知ってます。あのー・・・中央の稲葉って言われてた人ですよね。壇上表彰の常連の」
甘え顔の美形で有名な。と心の中で付け足した。
高田さんはベッドに座って体を壁に預けながら、優しい顔で頷いた。
「そいつです。稲葉があっちへ赴任する前に、男ばかりで送別会をしたんです、この近くで」



