黒胡椒もお砂糖も



 まだ言葉が出てこなかった。ちょっと混乱しているみたいだった。

 本社勤務、商品開発部、異動、高田さんは隣の第2営業部から居なくなる―――――

 後ろから陶子がまた肩に手を置いた。ハッとして私は振り返る。

「いいの、美香?」

「え?」

 何を聞かれているのかが判らなかった。やだ、私ったら酔っ払ってる?ちょっと判らないのよ、陶子が何言ってるのか。

 私は怪訝な顔をしたらしい。

 陶子は大きく呆れたため息をついた。

「・・・信じられない。こんなにあんたは判りやすいのに、どうして今はそんなに鈍感なの?高田さんて人、どこかに行っちゃうんでしょ?」

 私はそろそろと声を押し出す。

「・・・いや、そうは言っても本社だし・・・」

 全然近いし――――――――そう思って、驚いた。

 え?ちょっと・・・彼の異動先が近いからって、何なのよ!?

 動揺して危ないからと一旦グラスを置く。この高いヒールのせいなんだわ、足元がぐらぐらするのは安定が悪いせい。

 それともこの高級なカーペットのせいだろうか。

 それとも何杯目かのお酒―――――――

 私は顔を上げてガラスの向こうの夜景を見詰める。

 ここから・・・このホテルから徒歩10分ほどの大きなビル。その18階、第2営業部の中でデスクに向かい、俯いてパソコンを操る高田さんの姿が見えたようだった。

 真剣な黒い瞳が。

 思わず両手を口元にあてる。