黒胡椒もお砂糖も



「まだ内緒ですよ、尾崎さん」

「はい?」

 平林さんは口に指をあててシーッという仕草をして微笑した。

「あいつは営業を卒業するんです。この4月からは商品開発に異動するんですよ」

「え?」

 そう驚きの声を上げたのは私ではなく後ろの陶子。彼女はそっと私の肩に手を置いた。

「・・・商品開発部?」

 平林さんはグラスを持ち上げて頷く。

「そうです。高田は昔から保険を募集することよりも作ることに興味が強かった。だけど、俺の為に・・・というか、俺のせいで営業を続けていたんです。商品開発は本社勤務になるから」

 ―――――――――高田は俺を監視することにしたんですよ。

 去年の平林さんの言葉が蘇る。

 離婚をしてボロボロになり、更なる破滅に向かって突っ走る平林さんを止めるため、疲れた彼が自分を痛めつけるのを止めるために、監視することにしたんだって言ってた。

 自重気味な微妙な笑顔で下を向いて、平林さんは言った。

「俺はもう大丈夫だから、もうお守りは要らないから・・・やりたいことやれよって、篤志に言ったんです。今年の正月に」

 するとあいつはじっと見て、その内頷いた。だから新年明けてから上司に言ったはずです。

「施策の旅行中に聞いたんですよ、俺も。決まったって」

 異動が。

 私は平林さんを見ながらそれを聞いていた。