黒胡椒もお砂糖も



「・・・ごめん、ごめんな、美香」

 あーあ。そう思った。心の中で。あーあ、って。

 切れて、相手の職場に殴りこみ、暴行を働いて、野郎が目の前で泣いている。

 泣かせちゃった、誠二を。あんなに楽しくて堂々としてていつも一緒にいた誠二を。私が泣かせちゃった。

 力が抜けちゃって、何だか今度は笑えてくる。

 どうしていいか判らない時って、人間はストレス緩和の為に笑うんだって聞いたことあるなあ、そう言えば。

 殺意も怒りも悲しみも消えていた。

 私はただ、虚脱していた。

「・・・もう、いいや」

 そう呟いて立ち上がる。・・・疲れちゃった、ほんと。

 床に放り投げていたバックを手に取った。そして床の上に座ったままで顔を覆って泣いている誠二に言った。

「これで、やっと終われるわ」

 彼は首を垂れている。そして泣いている。もしかしたら、私の声は聞こえてないかもしれない。

「・・・悪いけど、私からの再婚と出産のお祝いはないわよ。―――――――でも今度は、幸せになって」

 彼が顔を上げる。呆然としていた。口をあけたままで、涙に頬をぬらして、真っ赤な目で私を見上げていた。

「今度こそ、幸せになってね、誠二」