黒胡椒もお砂糖も



 走ってきて上がっている息を整えながら、私はドアを力任せで後手に閉める。

 見回すと事務所で残業をしているのは誠二だけみたいだった。

 ・・・・好都合だわ。

 私はじっとりと元夫を睨みながら、事務所に足を踏み入れた。

「・・・美香?」

 懐かしい声で彼が呼ぶ。大好きだったこの人。あの春の日まで、私を裏切っていたとは全く思ってなかった私の結婚相手。

「―――――お久しぶり、誠二。元気そうね」

  まだ若干驚いた表情ではあったけど、その内そろそろと背中を伸ばしながら彼は頷いた。

「・・・ああ、元気でやっている。一体どうしたんだ?」

 私はカツカツと音をたてながら事務所の中を進み、誠二のデスクの前で止まる。彼から目を離さないままで低い声で言った。

「今日、ひさしぶりに大学仲間と飲んだのよ。そしてあんたの話になり、知らなかった離婚の真相を聞いたところ。・・・誠二、浮気をしていたらしいわね?」

 目を見開いて、彼は私を凝視した。だけれどもそれはすぐにそらしてしまう。そして大きなため息をついた。

「・・・聞いたんだな。そうだよ、俺は1年ほど浮気をしていた」

「それを隠してたわけね」

「美香をこれ以上傷つけたくなかったんだ」

 私は目を見開く。これ以上、だと?

 ショックと怒りで、一瞬で口の中が乾いた。