平林さんとエレベーターで会社のある18階まで上がると、第1、第2両営業部共有部分である給湯室へ繋がる廊下の端で、高田さんが立って携帯で電話をしているのが見えた。

 平林さんが気付いて片手を上げる。私は少し後ろに下がっていて、それに応えて片手を上げる高田さんを見ていた。

 無口な彼も仕事ではやはり電話をするんだなあ、などとぼんやり考えながら。

 高田さんの細めたアーモンド形の瞳は平林さんから私へうつって更に細められる。口元をゆっくりと上げて、それは綺麗な笑顔を作った。

 私はそれを見詰めて立ち止まる。

 平林さんが口の中で小さく笑う。

 時間が止まったような廊下の一瞬。

 泣きそうな感覚が体中を満たして私は慌てて瞬きを繰り返す。

 追い出さなくちゃ。あんな素敵な笑顔が何だって言うの。バカな私。ぼさっと突っ立って口開けっ放しで見惚れてないで、さっさと事務所に入らなくっちゃ。

 視線を感じる。だけど私はそれに無理やり背中を向けて、足を叱咤激励して自分の事務所に小走りで入って行った。

 捉われてしまう。見たばかりの彼の笑顔が瞼の裏でちらつく。あの瞳は魔力を持っているに違いない。もう見ちゃダメだ。でないと遅からず、きっと私は・・・。

 負けてしまうから。