エレベーターを降りれば、オートロックのガラス越しに見える。
タクシーにもたれて立っているサングラスの長身の男。


風呂上がり10分で降りてきたことを後悔しそうになる、圧倒的な雰囲気。






彼は、七瀬 航大(ななせ こうだい)。























チョコの属するダンスグループ『planet』で、ボーカルを務める。美容院やお店の控え室。雑誌で彼を見ない日はない。

恐ろしいほど整った顔に、蒼く尖った眼差し。その麓で女心を狂わせる、涙黒子。

鍛えられた身体に、ハイセンスなファッションも着こなす長身。
きっと神様は、彼に甘かったんだと思う。










それにしても、この暗がりにあのサングラス。見えてるのか、見えてないのか。
むしろ、こっち見てるのか?サングラスの向こう、全く分からない表情。

オートロックを出て近づくと。



「よ。」
『よ。』

見えてたか。


「チョコ会った?」

『会ったよ、お土産ありがと。』


『おかえり』って出てこないのは。『いってらっしゃい』もなかったから。


「・・・食った?」

『お風呂あがりに食べようと思ってたら、電話きたから。』

「夜中に食うな。太るぞ。」


からかうように、私を覗き込む。
サングラスの奥の瞳は、きっと笑ってる。




『・・・使ったかは聞かないの?』

「すげー匂うもん。確実使ってるでしょ。笑」


笑いながら、手の甲を口元に持っていく。この仕草、嫌いじゃない。


「・・・じゃ、俺戻るわ。わざわざ呼び出して悪かったな。店にもまた行くから。」

『へ?もう?』

「うん。まだレコーディング終わってねぇんだよ。とりあえず、ちょっと抜けてきただけ。」

『なんで?つーか、何しに来たの?』


ポケットから両手を出して、伸びをしながら。


「顔見に来ただけ。またしばらく来れそうになかったから。」





格好良すぎるだろ。
この男に、このシチュエーションで言われれば。大抵の女子が、堕ちるんだろうな。


だけど私たちは、そうじゃない。
昨日までも、今日からも。



『ねぇ、あのシャネルのネックレス。お店に聞いたんだけど、やっぱもうないんだって。飽きたらちょーだい♡』

開いたタクシーのドアを潜る背中に声をかけた。


「やるよ。」



思わず差し出された黒い小さな袋。
カメリア。白いロゴが綴るのは、愛しいあの名前。


『うそ・・・』

「あんだけ欲しい欲しい言われたらさ。パリの本店にならあったよ。」

信じられない。どうしよう、ほんとにうれしい。

『ありがと・・・』


片側だけ上がる、にっと笑う口元。


これを渡しに来たんだね。
これはチョコには託さず、自分の手で。一人夜中まで続く仕事を、たった何分かだけ抜け出して。














音を立てて、小さくなっていくタクシー。
深夜の風は冷たいけど、かすかに春の匂いがするような気がした。



深呼吸をする。


ざわつこうとする胸が、冷たい空気で落ち着くように。