ふいに触れた彼女の肩は、驚くほど冷たくて。

情けないことに、俺はそこから意識が飛んだ。


「早く終わらせて、彼女を水から上げなければ」という焦りが、ますます動きを固く喉を締めた。




台本を忘れろということは、最終手段。
何よりもタイムリミットが迫っている証拠。

演技のできない俺を諦めて、映像を演技風にうまくつなぎ合わせるということだから。

ここまで堪えて冷え切った彼女に、謝っても謝りきれない。






『要さん。』



彼女の声で、我にかえる。

メイク直しで血色を取り戻していたが、透き通りすぎた肌の白さが、彼女の限界を表していた。


『私、要さんが歌う人・・・ボーカル?さんだって、知らなかったんです。』


思いもしなかった彼女の言葉に。
ああ、カメラは止まってたんだと思い出す。



『こっちに来る機内で初めて曲を聴いて。そこからは、もう、カッケー!!って。笑』



俺、あの夜ボーカルだって言ったのにな。笑
彼女の無邪気な様子は、胸を温かくした。





『だから、私。今日のことは絶対忘れません。』

「え?」


『ファンになったから、要さんの。
歌う姿、目に焼き付けます。』








突風に

吹かれた気がした。



自分は、なぜここにいるのか

なぜここまで来れたのか

彼女の言葉に頭を殴られ、思い出す。









凍った心が息を吹き返したように。








君はいつも。

なんて簡単に、俺を生かす。









優しく笑う彼女の左手が、俺の頬に触れる。


俺は、少しでも熱が移れと、右頬を擦り寄せる。




やっと触れられた。

温かな感情が、凍えた胸を満たしていく。







微かに耳に届くイントロは、幻覚か現実か分からないけれど。



歌う。

彼女の目だけを見て、そらさずに。


今日でも明日でも、歌えなくなる時が来ても。





最後にこの声を届けたいのは、君だと感じながら。