そびえ立つタワーマンションの前で、車は止まる。



「細かいことは明日スタッフから連絡が入るから。
理沙子の携帯、教えるけどいいよな?」



へいへいと返事をして。
倫くんの言葉を体の片側で聞きながら、車を降りる。

雨は、いつの間にか止んでいた。







『ねぇ、今回の件でさ。』

「うん?」

『今までの借り、一旦全部返したとおもっていい?』





この人がいなければ、今の私はこうしてなかったと。

本気でそう思う。

私が何かこの人の役に立てるなら。
それは人生できっとそう多くはないチャンスだから。





逃げるわけがないじゃない。









「俺が、理沙子に一生分の借りができたくらいだ。」



この人は、ずるい。

抵抗する気も失せる、圧倒的な安心感を振りかざして。
何度でも私を降伏させる。


私はまた、サタンの手中に戻り。きっと、満足そうに笑った。




その何もかもが。

きっとサタンの予定どおり。
















翌日から、バタバタバタと、忙しくなった。

私が、というよりは。先方のスタッフの方と、こちら側のスタッフが。



撮影場所はハワイ、出発は3日後と聞いた時。倫くんをサタン改め鬼にしようと決めた。

あの夜、最初から私には勝機が与えられていなかったことを、今更ながらに思い知る。




お店は社長許可が出ているというだけあって。

女の子たちもボーイくんも、不在の間のフォローを快く了解してくれた。




「理沙さんは、スタメンのお客様にだけ連絡してください。
控えの皆様には、僕たちで連絡を入れます。笑」


弟のように思っていたボーイくんたちの頼もしい言葉と。


「いいなぁ~~」の連発で、うっとりするアヤちゃん。

「いいなぁ~~Hawaii♡私、これまでだてに理沙さんのヘルプついてないんで、フォローは任せてくださいね。
あ、これお土産の案です♡参考にしていただければ♡」


まさか“生き甲斐”のplanetのMV撮影に私が連行されると知らないアヤちゃんは。
クリニーク、キールズ・・・沢山のアメリカブランドコスメと。

「ホノルルクッキー 5箱」と書かれた紙を差し出しながら、ニコニコした。



『5箱も食べるの?笑』

「そうです、5箱が帰って来ると思って、一週間フォローがんばりますから♡」







「店では、葵ちゃんだけが事情を知ってる」と社長から聞いたとき。要さんへの恋心から、私へ昼メロ並みの仕打ちが予想された葵ちゃんまでもが。

「あんた、親友の結婚式でも店休めなかったもんね。
いい機会だから、あったかいところでのんびりしておいで。」
と、すれ違いざまに囁いてくれたとき。


不覚にも、視界が滲んだ。









自分が生かされる世界の温かさは、こんなにも些細なことで感じられる。