意味があるのかないのか、知らないけど。
分厚いマスクは、二枚重ねにした。


ちゃんと出社許可が下りてから出て来たけど。
年末に向けて、みんながギアを加速する頃。
こんな大事な時期に、迂闊にも体調を崩しただけで大罪。
その上、芸能事務所としては公害とも言えるインフルエンザ。
情けなくて、涙が出る・・・




明日のライブのための、最終ミーティングを終えて。
溜まってた仕事を、少しでも自分の手で整理しなきゃと。
やたら目が合う直生さんの視線をすり抜けて、企画部のデスクまで辿り着いた。









“ちゃんと帰った?”

画面に浮き上がる、彼からのLINE。

まずいです、こういうほうが熱が出そうです。

ふにゃふにゃと力が抜けて、思わず額をデスクに打ち付けると。





「瀬名さん?!」



耳心地の良い澄んだ低音に、顔を上げる。


「要くん・・・」

「大丈夫?!いま、なんか白目だったけど!」


私の奇行を素直に心配してくれる、心優しきチームメイトがいた。













「とりあえず、そこの位置から近づかないでもらえるかな?」


デスク3個分ほど先の椅子に腰かける要くんに、マスクを押さえて念を押す。


「大丈夫だよ、俺ら予防接種してるもん。笑」


それ去年でしょう?と、言いかけて飲み込んだ。
去年でさえ、私は予防接種を受けてない。バタバタしてるうちに、会社の補助期間を過ぎてしまって。

自業自得・・・また、鼻奥がツンとする。



「明日の件なら、理沙さんにはちゃんと言ったよ?
メモ書いて渡してるし、入り方は大丈夫だと思うけど。」


「うん、ありがとう。
瀬名さんが丁寧に教えてくれたって、聞いた。」



私、顔に出やすいからな。
敢えてPCを覗き込みながら、集中してる風に目を細めて。



「要くんって、スタッフパス誰に作ってもらったの?」

「瀬名さん、今年いくつパス作った?」



重なった、台詞。
だけど私たちは、ちゃんとお互い聞き取れてしまった。


「私は・・・に、2個だけど・・・。」

「2個か。俺は浅山っちに作ってもらったよ。」


一瞬も顔色を濁らせず、眩しい笑顔を見せる。
ある意味、この人の笑顔は。

神業、だと思う。




「航の他に、誰に作ったの?」

「え!!」

「あれ?だって、2個作ったんでしょ?」




ニコニコと、首を傾げる。


「ち・・・あ、個人情報だからだめ!!」


うっかり、誘導尋問に乗せられかけて。
慌てて、マスクの上から口を押さえた。