携帯を耳にあてて。
嬉しそうに笑うチョコの横顔に、俺のほうが癒された。


並んで歩けば、深夜の廊下では嫌でも会話が聞こえてしまう。
申し訳なくて、反対側を覗けば。

彼女のいない営業企画部には、まだ明かりが点いていた。



「いいって、寝てな?」


チョコの小さな声がまだ耳に届いて、その明かりの中を目を凝らす。

こちらの窓沿いのキャビネに立つ、彼と目が合った。





ああ、もう会ったか。



そう浮かぶのと同時に、間髪入れず彼が持っていたファイルを置いて、こちらへ向かってくる。
一度も、あの眼光鋭い瞳を、逸らさずに。




「あれ、浅山さん。お疲れ様です。」

廊下へ出てきた浅山に、先に声をかけたのは。
いつの間にか電話を終えた、チョコだった。



チ「遅いですね。一人っすか?」

浅「瀬名、今日休みですよ。」


隣で、チョコが。
自分の問いを流されたことではなく、彼の気配に表情を変えたことを感じた。



チ「先、行ってます。」

すぐに柔らかい表情を取り戻して、機転を利かす。
ちゃんと浅山にも小さく頭を下げて、チョコは暗い廊下を歩いて行った。



浅「インフルエンザです。月曜からずっと。」

浅山は、俺から目を逸らさないから。
そんなチョコの柔らかさにも、気づかない。


直「知ってるよ。」

浅「初めてです、あいつがこんな休むこと。」

直「大丈夫だよ、土曜の打ち合わせには出て来るから。」



瞳の中で燃える苛立ちが、濃くなった気がした。

だけど、俺だって。
今更引き下がるわけには、いかない。



浅「何かしたんですか、あいつに。
日曜は休日出勤してて、月曜の朝には具合悪くなってたんです。
日曜の夜、何かあったってことでしょう。」


直「様子に気付けなかったことは、謝るよ。
けど、浅山に話さないといけないことは何もないから。」


これからも、と。
添えようと思ったけど、憤りを煽るだけだと飲み込んだ。



浅「行かないんですか、あいつのとこ。一人暮らしで寝てるんですよ。」


直「俺が仕事放って行ったって、彼女は喜ばないでしょ。」


浅「俺が行けないから、言ってるんですよ。」

直「そもそも、行かせないから。」