一度も止まらずに駅まで走ったら。

口の中は血の味がした。

それでも浮かされた身体は止まれずに、改札を飛び抜けて終電が訪れるホームまで駈けおりる。






「最高新記録・・・!」


信じられないほど“早いタイム”で、駅まで着いた。

大きく息を整えながら、震える手で携帯を取り出す。





どうしよう。

確かに、我ながら最近はいろいろがんばってるなと思ってたけど。

こんな大それた夢、寝てる間も見たことなんてなかった。


直生さんが今日も明日も素敵だったら、私はそれでよかったのに。










「理沙さん、出ないっ・・・!汗」



繋げてくれない発信画面に、焦れて画面を落とす。

見上げたホームの時計は滲んで見えて、馬鹿な私はもう泣き始めてることに気づく。




夜風で前髪はザンバラに立ち上がって。
引っ詰めた後ろ髪だって、きっとボロボロに乱れてる。


唇は、切れそうなほどガサガサ。
いつから、こんなに荒れてしまってたんだろう。
走ってくる間かな、それとも彼の目に触れてしまったかな。










「うっ・・・、くっ、」


溢れ出す感情は、もう手に負えなくて。
堰を切ったように、涙と嗚咽がこみ上げてきた。

満員の終電が訪れる前に、この状態をどうにかしなきゃ。
大の大人なのに、恥ずかしい。

こんな私、私は本当に恥ずかしい。




そう思う、ほど。

涙を止めなきゃと焦る心と裏腹に。
泣けて泣けて、仕方ない。




ふと目に入った指先は。
ささくれ立って、ボールペンのインクで赤、青、黒、と汚れていた。

ていうか。
どうしたら、こんなに汚せてしまうんだろう。








どうして、こんな汚れた私を。

たくさんの人の中から、見つけ出してくれるんだろう。


いつも変わらない、強い光で。

簡単に、私の行き先を示してしまうんだろう。














私は、今週末。



直生さんと、デートをする。












「日曜日、連絡待ってる。」






ほんの10分前。

閉じていく扉の向こうで、彼は。

そう言って、私のこれから一週間を束縛しきった。







嗚呼、もう。

一生分の運を、使い果たしたかもしれない。
齢20代半ばに、して。


好きで、好きで、好きで。
毎日懲りもせず、私はあの人が好きで。

踊る背中を見たときから。
片思いが止まらない。



直生さんの、そばにいたい。
直生さんの、笑った顔が見たい。


私の欲求には、もう。

あの人以外が存在できない。