【短編集】その玉手箱は食べれません



「久し振り」

 元カノは長い髪をかきあげながら微笑む。


 おれは思い出した。あの真っ黒い空を見た日……コンビニで買った弁当を片手にボロアパートに帰り、ダウンジャケットを脱ごうとした瞬間、背後からハンカチのような布切れで口と鼻を塞がれて気を失ったことを。


 別れたとき部屋の鍵は返してもらったが、元カノは合鍵を作っていたのだろう。忍び込まれ、風呂場にでも隠れておれを待ち構えていたのだ。


 おれの部屋は1階で車を横付けできるから女一人でもおれを引きずってどこかへ運ぶことはそれほど難しいことではなかったはず。


 おれが拉致されたのはどこかの廃墟となったビルの地下らしい。コンクリート打ちっ放しの表面はザラとした感触をさらけ出して所々壁が剥がれ落ち、ポンプのような機械から太い配管が上に向かって伸びている。