彼女が歩いて行った先の通りでは、車が容赦のないスピードで行き来している。歩道にいる僕たちの方へ、飛沫をかけていきそうなほどだった。
横断歩道の前にたたずむ彼女が、ゆっくりとしゃがみこんだ。
ワンピースの裾が汚れてしまわないかと僕は気になってしまう。
真っ赤な傘の中に隠れるように、彼女の体と抱えられた紫陽花の花束が見えなくなった。
僕は彼女のそばに駆け寄った。
裾が濡れちゃうよ。
そう声をかけようとして飲み込んだ。
紫陽花の花束は、電柱に寄り添うように手向けられていて、彼女は目を閉じていた。
あぁ、そうだった。
どうしてだろう。
すっかり忘れていたよ。
可笑しいよね。
頬を緩ませ口角をあげようとしたけれど上手くいかない。
彼女の頬に流れる涙は、梅雨の雨とは違って暖かさが伝わってくる。
その体温を思い出せば、とても懐かしく切なくなった。
毎年ありがとう。
もう大丈夫だよ。
僕は君が悲しそうにしている方が辛いよ。
大丈夫だから。
もう、紫陽花の花束を大切に抱えてこなくてもいいんだよ。
ありがとう。
僕はもう大丈夫。
ありがとう。
彼女の涙を拭ってあげられない僕の流す涙は、梅雨の重い雨とともに流れていった。



