「渡辺教授、いまいち内容が見えません。
聖羅は、“何かを知っている”という事ですか?」
和也は少しずつ状況を理解しようと言葉を発した。
「いや、聖羅は何も知らん。
今のところはな…。
それは、これから、この部屋の資料を検証していってもらいたい。」
その渡辺教授の発言には、これから先の未来において、そこに教授自身が“いない”事を含んでいた。
「組織の研究資料なんて、私には理解出来ません。
まともな学校教育だって受けてないのに、そんな専門的な内容を理解出来る筈が無いじゃないですか!?」
半ば発狂したような声をあげたのは、紛れも無く聖羅だ。それに同調して、和也も口を開く。
「僕も同じです。組織の事だって、把握できてないのに…。」
聖羅は、膨大な資料をひとりで解読するように言われ、愕然としていた。
しかし、教授の冷静な発言が、ふたりの意識を現実に引き戻す…。
「研究資料の解読は、聖羅がちゃんと出来る。
その知識を、聖羅はちゃんと持っとるよ…。」
「そんな…」
「聖羅の意識しておらんところで、わしが教えてきた。絵本の代わりに、論文を読んだりしてきたんじゃ。
聖羅が育ち、遊んできた場所も、何もかもが組織の内部…。
知らぬ間に身についておるよ。組織のへっぽこ研究者なんぞ、足元にも及ばんくらいに高レベルじゃろうな。」
聖羅の反論をも呑みこんで語った教授は、どこか誇らしげだった。
「でも、知ってどうしろと?」
和也は、不思議に思った事を口にした。
決して教授は、率先して組織に反旗を翻して欲しいと言っているわけではない…。
それならどうして?


