「残念、今日からバイトなんだ」

伸彦はさして残念そうでもなく言った。

「そっか〜。残念っ」

彩華はがっかり肩を落とす。

「折角休みの間に練習して、ヒコに勝てる予定だったのにー。
 じゃあ、エイジ誘ってみようっと♪」

同じバンドのメンバーの名前をさらりと出す。
もう、気持ちはそちらに移っているようで、機材を載せた車が丁度入ってきたこともあり、彩華は伸彦そっちのけで外へと飛び出していた。

皆でわいわいがやがやと機材を運んで組み立てる。

ドラムセットをつくり、アンプを置き、スピーカーを調整する。

メンバーが全員揃っているから、という理由で、彩華のバンドのほうから先に練習することになった。

彩華は自分のキーボードを抱えて前に置く。
彼女以外は全員男性。

皆大学になってバンドをはじめたものばかり。
2年目になってようやくまとまりを見せ始めたものの、格段に上手いメンバーというわけではない。

とはいえ、オリジナル曲を演奏できるくらいまでには成長していた。

正直、中学時代から音楽をやっていた伸彦にしてみれば、レベルが低すぎてみてられない。
とはいえ、ひと夏でそれぞれが練習してきたことは伺えた。
なんとなく、その場で彼らの演奏を眺めていた。

「彩ちゃん、コーラス入れてみてよ」

唐突にボーカルの大地が言う。
彩華は手を伸ばして目の前のマイクにスイッチを入れた。

そこで初めて彼女は自分の歌声を披露する。



伸彦は、あまりの衝撃に煙草を落としそうになった。

どうして、最初からメインボーカルを希望しなかったのか。
疑問を持ちたくなるほど、それはもう言葉にできないくらい、彼女の歌は上手かった。