地上はアキクニが言った通り、冬の冷たい空気に満ちていた。どんよりとした低い雲が垂れ込め、時折強い風が吹き付ける。
 川に沿って広がる広大な葦原を、頭の上までもある枯れた葦をかき分けつつ、黒い靄の気配を辿りながらカガミは進んだ。

 少しして葦が途絶え、開けた場所に出た。なぎ倒された葦原の真ん中に真っ黒な靄の塊がうずくまっている。
 靄の中心で、膝を折り両手を地面についたアキクニが、カガミを睨め付けた。最早あの穏やかなアキクニの面影はない。

 血走った目を爛々と輝かせ、フーフーと荒い息をつく口元には鋭い牙が見えている。地面についた手の爪はかぎ爪に変化していた。そして盛り上がっていた額のこぶは今やはっきり角となり、振り乱された髪の間から突き出していた。

「アキクニ様!」

 カガミが駆け寄ろうとする目の前で、鋭いかぎ爪が空を切った。父王が言ったように、カガミの事が分からなくなっているのかもしれない。
 カガミは一歩退き、拳を握りしめて叱咤(しった)した。

「しっかりなさいませ! あなたは天上ばかりか人にまで仇なす存在になりたかったわけではないでしょう?」

 カガミの言葉にアキクニがピクリと反応した。幾分和らいだ表情で、それでも苦しそうに顔を歪めながら口を開いた。カガミを見つめる目から血の涙があふれ出す。

「……カ……ガミ……。俺を……解放してくれ。俺の力では……これを押さえきれぬ。これの源となっている……俺ごと消してくれ……」
「何をおっしゃいます! 押さえきれないのなら、あなた様のお力で身体の外に押し出して下さいませ」
「そんな事をすれば……この地にどんな災厄が降り注ぐか……」
「わたくしにお任せ下さい。わたくしは闇を統べる王の娘。闇に属するものの扱いは心得ております」
「……すまない。カガミ……」

 一瞬だけアキクニが以前の穏やかな笑みを見せた。カガミも微笑んで頷き、右手を天に向かって真っ直ぐ伸ばした。