腰にくくりつけた鈴をチリチリと鳴らしながら、カガミはアキクニの姿を求めて館の外へ駆け出した。もう二度と会えないかもしれない。せめて別れの挨拶だけでもきちんとしたいとカガミは思った。

 館を出て少し行ったところで、川に向かって歩くアキクニの姿を見つけた。カガミが声をかけようとした時、アキクニは突然川岸に向かって駆け出した。
 川岸にたどり着いたアキクニは、その場に崩れるように膝をつく。追いついたカガミが肩越しにのぞき込むと、アキクニの前には男の骸が横たわっていた。
 首筋と背中に大きな刀傷があり、すでに絶命しているようだ。
 俯いて肩を震わせるアキクニから、絞り出すような声が漏れた。

「イヌイ……」

 カガミはおずおずと問いかける。

「お知り合いですか?」
「俺の腹心であり友であり、俺の背中を斬りつけた男だ」

 豊かになりすぎた国を明け渡せと、アキクニは天上の神々から何度も迫られていた。明け渡すいわれなどないアキクニは、これを拒絶し続けていた。
 ところがいつからか、腹心のイヌイまで天上に迎合して国を明け渡すことを進言するようになった。それでもアキクニは拒絶した。
 そして、安心して背中を預けられると思っていたイヌイに、その背中を斬りつけられ、アキクニは国を追われた。

 イヌイは天上の神々に弱みを握られていたか、或いは何か密約を交わしていたのだろう。どちらにせよアキクニが国を追われた後、用なしとなって切り捨てられたのだ。

「俺が何をしたというのだ。民のために国を豊かにするのは王の勤めではないか。それがなぜ、天上に仇なす事になるのだ」

 友の骸を前に項垂れて背中を丸めたアキクニの身体から、あの黒い靄が滲み出し始めた。

「アキクニ様……」

 これまではカガミが声をかけると四散していた靄が、今は消えるどころか益々色濃さを増し、黒々とアキクニの身体を包んでいく。
 真っ黒に膨れあがった靄の中で、アキクニが両手で額を押さえながら苦しそうにうめいた。