ふとピチャピチャと小刻みに打ち寄せる常とは違う水音を聞いて、少女は音のする方へ歩を速めた。
 少し先の水際でうつ伏せに倒れている男の姿が目に止まる。上半身は川岸に、下半身は川の中に投げ出されている。
 ほどけた髪が覆い隠す隙間から若者の端正な横顔が見えた。背中には着物を斜めに切り裂いた大きな刀傷がある。

 地上で戦があれば、上流から骸(むくろ)が流れてくる。また戦が始まったのかもしれない。
 流れ着いた骸は川の中央まで押し出して、そのまま黄泉まで流すことになっていた。だが少女の力では男の身体を動かすのは困難だ。
 誰か呼んでこようと一歩踏み出した時、骸だと思った男が微かなうめき声を上げた。

 生きた人間がこの国に入ってくる事はできない。ここは亡者と人ならざる者しか入ることができない国。
 ――ということは、この男は人によく似た姿をしているが、人ではないということだ。案外、自分と同じ天上の神々に追われた地上の神々の一派かもしれないと少女は思った。
 少女は男の側にしゃがんで声をかけた。

「しっかりなさいませ。すぐに誰か呼んで来ます」

 語りかけながら男の背中に手をかざす。かざした手がまばゆい光を発し、その光が男の傷口を見る見る塞いでいった。
 少女は水を操る力を持っていた。それを応用して治癒の術も施せる。

 応急処置を終えた少女は、男をその場に残し自分の住む屋敷に向かって駆け出した。