『イジメなんて、あたしはぜんぜん平気だよ。だって慣れっこなんだもん。それにしょせん世の中なんてこんなものだし』

 ずっとそう思っていた。思っていると、自分で思いたかった。

 だってそうじゃなかったら、あたしは、ただ人からイジメられるだけで何もできない存在になってしまうから。

 そんな自分を認めたくなくて、心の中でうまく理屈をこねて、なにもしない自分のことを納得しているつもりだった。

 でも現実のあたしのやっていることは、庇ってくれる優しい友だちの背中にビクビク隠れてばかり。

 不平不満や鬱憤を、自分の代わりに他人にぜんぶ言ってもらって、人の背中の陰からこっそり『そーだそーだ』って叫んでた。

 そのくせ『いいの大丈夫よ。あたしは平気だから』なんて、さも悟ったような顔して言っていたんだ。

 そんな卑怯な真似は、もう嫌。だって友だちは友だちであって、あたしの盾でもパペットでもない。

 そんな当たり前のことから目を逸らし続けていたら、いつの日か、千恵美ちゃんを失ってしまっていただろう。

 そうならないために、あたし自身も三津谷さんのように一歩だけ前に進みたいと思う。

 千恵美ちゃんの背中から一歩前に出て、千恵美ちゃんの隣に並びたいんだ。

 これまでずっと胸の奥に燻っていた、言いたかったのに言わずにいたことを、これからは自分の口で言いたい。

 あたしに対するイジメがそれでなくなるなんてことは、たぶんないだろうけど、少なくとも千恵美ちゃんと対等に向き合うことはできる。

 そうしたいんだ。まだ、間に合ううちに。

「さ、教室に戻ろ。次の授業始まっちゃうよ」

「うん、行こう」

 千恵美ちゃんと一緒に教室に向かう廊下の途中で、数人の男子のグループが固まって楽しそうに騒いでいる。

 なにげなくその中のひとりを見たあたしの胸が、ドキンと高鳴った。

 それは、坂井君だった。

 坂井君が友だちと話しながら、チラリと視線をこちらに投げかけている。

 たぶん、今の遠藤さんとあたしの対峙も見ていたんだろう。

 あたしが気づいたことに彼も気づいたようで、桜祭りのときのような優しい目をして、そっと微笑んでくれた。