意識しない。意識しない。意識しない。

 だってこれは別に、なんでもないことなんだよ。

 せっかく祭り会場に来ているんだから、このまま帰るのがもったいないだけ。

 坂井君はきっと、単純に今日のお礼のつもりで言ってるんだから、意識する理由なんてどこにもないんだから。

「小田川、あちこちから根っこ飛び出てるから気をつけて」

 わざと坂井君から数歩離れた距離を保ちつつ、意識しない理由を心の中で呪文のように唱え続けているあたしを、彼は立ち止まって気づかうように見ている。

 そしてあたしが追いつくのを待って、当然のように並んで歩き出した。

 天文部の部室に向かうときも、部室を出て教室へ向かうときも、あたしたちはずっと前後に並んでいたから横に並ぶなんて初めてで、この位置関係にどうしても意識してしまう。

 それが嫌だから、せっかく離れて歩いてたのに……。

「なんか奢るよ。小田川はなにが好き?」

「い、いいよ別に」

「遠慮すんなよ」

「いいってば。ちゃんと自分のお金で買うよ」

「こんな場所で女に金払わせられないだろ? 俺にも一応、男の見栄ってのがあんだから」

 そんな会話を交わす間にも、ますますあたしの鼓動は逸っていく。

 お、女にお金は払わせられないって、それじゃまるでデートみたいじゃん……。