「今後外に出るのは許さんぞ、皐月」


皐月の思いとは裏腹に聞こえてきたのは。

怒りを含んだ、皐月を言い諭す繧霞の声。

しばらくじっと立って、その声により沸き上がる怒りを抑えていた。

きっと、何を言っても繧霞には届かない。

意味のないやり取りを、ここで永遠に繰り返すだけだ。

皐月は悶々とした気分を払うように、強く頭を振る。

そして、繧霞に聞こえないように舌打ちをした。


「あぁ、わかった」


悔しい。

反論してやりたいのに、出来ない自分がいる。

親だから。

そして、自分よりも力を持つだろう、神だから。

悔しくて悔しくて、堪らない。

皐月はくるりと踵を返し、本殿に背を向けた。

そして、足早に進むのは、蒼白く照らされた廊下。

ぎしぎしと今にも床板が抜けてしまいそうな音をたてるそこを通り、素早く奥へ進む。

やがて見えてくるのは、ゆらゆらと夜風に揺れる御簾。

社の一番奥にあるその部屋は、皐月の自室だ。

揺れている御簾を上げると、暗かった部屋に月明かりが差し込む。

その明かりで見えてきたのは、四畳分の広さしかない小さな部屋。

中心には茵と机、円座だけが揃えられていて、殺風景な印象が強い。

そんな皐月の自室にはどうやら、先客がいたようだ。


「お帰りなさい、兄上」


優しく、柔らかな青年の声が聞こえてきた。

はっとして声の聞こえた方へと視線を向ける。

その先で見えたのは。

ふわふわと柔らかそうな、右横でゆったりと束ねた濃い灰色の長髪。

優しい雰囲気を纏う金色の瞳は、柔らかく細められている。

皐月よりもやや細身で、体には鮮やかな赤の着物を纏っていた。

顔は少しだけ皐月に似ているようにも思う。

けれど、やはり負けず劣らずだろうの美人な青年が部屋の中心に座っていた。

その青年の名は、絢嶺(あやね)

皐月の弟だ。


「父上に外へ出たのがバレてしまったみたいですね」


絢嶺は困ったように笑いながら、皐月に柔らかくそう尋ねた。

あぁ、そうだ。

バレてしまった。

それはもう、見事だと感嘆するほどに。

困ったような絢嶺の言葉に誘われるように、皐月はどかどかと足音を立てて部屋に入る。

そして頭を掻き毟りながら、絢嶺が差し出した円座の上に勢いよく座った。



「あのくそ親父…っ!」

「ほら、兄上。
乱暴な口調はいけませんよ」


だんっと力任せに畳を叩く皐月に、絢嶺が柔らかな口調で言う。

わかってはいる。

しかし何故、それほどまで頑なに外へ出てはならないと言うのだ。

わからないことが多すぎる。

自分の父親であるはずなのに。

父親の本音を、まるで知らない。


「あの、兄上。
一つ気になったのですが……、羽織りは一体どこに置いてきたんですか?」


ぴりぴりとした空気に耐えかねて、絢嶺はそっと問いかける。

それに対し、皐月は乱れた前髪を右手で掻き上げながら口を開いた。

あまり機嫌はよくないが、話してはくれるらしい。


「あれは、女の所に置いてきた」

「………………は?」


絢嶺は優しげに細めていた目を大きく開く。

絢嶺は思わず、聞き返してしまった。

皐月があまりにもあっさりと告げたからだ。