「絢嶺、皐月はどうした」
日が高く登り始め、昼を迎えようとしている天界でのこと。
その片隅に社を構える主、繧霞が絢嶺にそう問いかけた。
「どうしたのですか、父上?」
自室で沢山の書物を広げて眺めていた絢嶺は、顔を上げて繧霞に向けた。
まさか、また何かやらかしたのだろうか、あの兄は。
どうやら、少しも大人しくしている気は、さらさらないらしい。
絢嶺はやれやれと、心の中でそうため息をついた。
「皐月がまた、どこにもおらんのだ。
どこへ行ったのか、お前ならば知っているだろう」
怒りを含む繧霞の声。
その声に、絢嶺はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、私は全く聞いていませんが……」
確かに、絢嶺は皐月から何も聞いてはいない。
しかし、自分の兄の事だ。
どこへ行ったのかは大体見当はつく。
多分、先日言っていた女の所だろう。
そこ以外に、皐月が行く場所などないはずだ。
しかし、それを繧霞には告げない。
告げれば、怒られるだけではすまないだろうから。
ここから、皐月は出られなくなってしまう。
「気分転換に散歩にでも行ったのでは?」
「今までそのような事はしたことないはずだ」
流石は父親だろうか。
一応、皐月の行動はちゃんと把握しているようだ。
「そんなことないですよ?
かなりの頻度で天界の散歩をしてますし、暇なのが嫌いな兄のことですからね……」
どこまで騙せるか、正直わからない。
だが、敢えて嘘を貫き通す。
皐月の自由を、奪われたくはないから。
「すぐに帰ってきますよ、父上」
淡い笑みを浮かべて繧霞に告げた。
そんな絢嶺を、繧霞は静かな目で見下ろす。
疑われているようだ。
それでも、嘘とわからないように、あどけない笑みを絢嶺は崩さない。
全ては皐月のため。
今目の前にいる繧霞より、皐月の方が絢嶺には大切なのだ。
皐月や絢嶺が幼い頃から傲慢だった繧霞。
肩身の狭い思いをしながら育った皐月と絢嶺は、互いに支え合って生きてきた。
皐月は絢嶺にとって、何にも代えられない存在だ。
そんな兄を売るような真似を、絢嶺がするはずない。
「だから、安心して下さい」
絢嶺は繧霞に柔らかな声で言った。
しかし、繧霞の鋭い視線が絢嶺に向けられている。
多分、繧霞は納得していない。
それは、繧霞の表情を見ればわかる。