「おやすみなさいませ、巫女姫様」


月明かりが照らす巫女専用の一室に用意された布団の上にいる葵に、老婆が頭を下げた。


「ええ、おやすみなさい」


葵もそう静かに返事をし、布団にに体を潜り込ませる。

ふかふかと柔らかい布団は、とても心地いい。

布団に顔を擦り寄せて堪能する葵を観察するように老婆はじっと見つめる。

そして、問題ないと判断したのだろう、やがて部屋を出て行った。

ギシギシと月明かりが照らす縁側を踏みしめる老婆の足音が完全に聞こえなくなるまで、葵は耳を澄ませる。

そして、ほうっ、と安堵の息を吐いた。


「……よかった……。
怪しまれなかったみたいね」


老婆は葵が眠ったのをその目で確実に見届けた後、自分の家へと帰って明け方まで傍からはいなくなる。

昼間は老婆がすぐ近くにいるから抜け出せないが、夜間ならば簡単に抜け出せる。

葵は茵から急いで起き上がり、皐月の羽織を手に持って部屋を出た。

向かっているのは、昨夜約束した開かずの間。
 
来ると、言っていたから。

きっと、皐月はそこにいる。

縁側から外へ出た葵は、人目に触れないように境内を走る。

そんな葵が境内にある池を通った時だった。


「そんなに急がずとも、私は逃げないぞ?」


危ないから歩いてこい、とクスクス柔らかく笑う、一番聞きたい声が聞こえてくる。

葵は足を止め、池を振り返る。

すると、そこには月明かりの下で微笑む人物がいた。


「皐月様……!」

「また会えたな、葵」


皐月はゆったりとした足取りで葵に歩み寄り、顔を覗き込む。

そして、優しい笑みを浮かべた。


「本当に待っていてくれるとは思ってなかったな」

「約束、してましたから。
一日中ずっと、皐月様とお会いするのが楽しみだったんです」


鼻と鼻がぶつかるくらいに寄せられた皐月の綺麗な顔が、葵の視界いっぱいに映り込む。

葵は思わず恥ずかしくなってしまって、頬を赤く染めながら小さくそう呟いた。


「楽しみ、か。
私も同じだ、お前に会いたかった」

「……っ」


甘く艶のある声で囁かれて、葵は思わず息を詰めた。

会いたかった、なんて。

まさか、同じことを思ってくれていたとは思わなかったから、すごく嬉しい。