透明な子供たち





話を聞いてくれる母も居ない、おかしも無い最近の唯一の楽しみは、小学校の入学祝いに父に買ってもらったグランドピアノを弾くことだった。

家に帰ると直ぐに自分の部屋に行き、ランドセルを放り投げるとピアノの部屋に向かった




ガチャ
ドアを開けて目を疑った。心臓がトクンと跳ねた

…ピアノが無い。

部屋の中はすっからかんになっていた
床と足の裏が一体化してしまったんじゃないかと思うくらい、全くその場から動く事が出来ない



華「なんで…ピアノがない、ピアノがないよぉ!!」




何かが弾けるように床と足が離れると、バタバタと1階に転がるようにおりた。母と目が合った。

母はわかっていた。今日華那子がこうして自分のところに来ることを。
泣きながら、瞳にほんの少しの怒りをチラつかせて自分の胸に飛び込んでくることを。
母は華那子を抱きしめると「ごめんね」と一言、とても小さい声で言った。


それでも泣き続ける華那子の手を、秋良は何も言わずに握った。母から引き離され、繋いだ手はグイグイと引っ張られる

連れてこられたのは、秋良の部屋だった





ア「きっと、お金がないからピアノを売らなくちゃいけなかったんだよ。もう泣くな。お母さんとお父さんには、絶対に俺達が悲しんでる姿は見せないようにしよう」



大切にしていたピアノ、父が買ってくれたピアノ、スッと指を落とすと、落とした力加減で変わる音色
ソの音がいちばん好きだった
透き通るようなソプラノ、トーンと弾ける音

弾き終わると、母と父はピアノの部屋まで来て、上手だと笑う。
華那子はピアノが上手だ、華那子の弾くピアノを聴きながら飲むコーヒーは最高だ。

そう、笑っていたのに





秋良が俯く華那子の顔を覗き込む。母親譲りの自慢の瞳の茶色は、さっきの涙で流れてしまったみたいだ。何かを諦めた時の人の目の色は、無色。

静かに頷いた。秋良の目を見ずに、ただ頷いた



兄と、2つ目の約束をした。