「痛いとも…悲しいとも言わないな」
「どうして?私がお父様の意に沿えないのが悪いじゃないの」
わざと突っかかるような言い方をしたが、本当は分かっていた。
円が言いたいこと。
私という人間の存在は、けしてお父様の事業のためにある訳じゃないということ。
そんなこと、分かっている。
でも、だからって私がお父様を信じるのを止めればきっと今の環境は壊れてしまう。
円といられなくなる。
そんなの絶対嫌。無理、認めない。
「琴羽…」
「はーい皆さん席についてー。僕が新しい先生ですよー。担任の三島先生の休養のためー、変わって僕、嵯峨が担任を勤めますー」
やけに間延びした口調の男性が教室に入ってきた。
厳格さはほとんど無く、むしろ科学者のような風貌だ。
驚いてその人─嵯峨先生を見ていると、突然彼と目が合う。
こちらを見た嵯峨先生の目が一瞬だけ細められ、しかしすぐに元に戻る。
何だか違和感がある。
嵯峨はにこりと笑い、椅子を指差した。
「席について下さいねー、琴羽さん」
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
何、今の。
何だか気味が悪かった。


