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円の髪事件から三日。

私はあることに悩まされていた。


「琴羽様、お気をつけて」


「ええ、ありがとう!」


今日は大幅に遅刻してしまった。

まさか、私が寝坊なんてすると思わなかった。

しかしこの三日間、何度も寝坊してしまっている。

家に仕えている皆様が何度も起こして下さったようなのだけど、全く記憶に無いどころか気づきもしなかった。
 

ああもう。最近の私はどうしてしまったんだろう。


大急ぎで屋敷を出て、車に乗り込もうとしたときだった。


「琴羽」


聞き逃すはずの無い、唯一の声が聞こえた。

身体が硬直するも、ゆっくりと振り返る。

あくまで優雅に。


「おはようございます、お父様」


厳格そうな面持ちの、背の高い男性。

私と同じ、焦げ茶色の髪。


お父様が唇を引き結んで立っていた。

いつの間にお出でになったのか、気がつかないなんて何という失態。


「おはよう──か。最近、寝坊が続いているらしいじゃないか。勉強も進んでいないだろうに。分かっているのか、私が求めているのはそんな怠惰ではない。私が求めるものは、“完璧”だ」


「存じております、お父様」


声が震えるのを必死で抑える。


「琴羽。今日だけではない、分かっているならなぜ紫香楽から連絡が入る?“琴羽ちゃんをもっと自由にしてやれ”と」


「それ、は」


「お前は今この状況に満足していないのか」


「違います」


なぜ、そんなことが。

円が何か紫香楽のお父様に言ったのだろうか?

ああ、でもお父様はこんなとき。


「お前に罰を与える」


やっぱり。


「明日は休みだろう。私が運転手に命じておく、指定された場所に十時だ」


「…はい」


お父様の笑みが、酷く歪んで見えた。