「そんな、子供の頃の話です。今は円と一緒にいられたら、それで満足なんです。十分なんです」
「大切な存在なんだな。……それならより良い」
「ええ、大切な存在です」
より良い、とは何のことだろうか。
首を傾げながらも二人で最近のことを話していた。
お父様が思っていたよりも陽気で、よく笑うこと。
スコーンが好きなこと。
お父様のことを色々と知ることができた。
店の前のポプラの葉がひらひら舞っている。
「そろそろ出ようか。見せたいものがあるんだ」
お父様が腰を上げる。
はい、と私も立ち上がった。
──────
どこへ行くのだろう。
歩いて十五分ほど経ったところで、私は首を傾げた。
特に何か話していた訳ではないけれど、カフェで話が弾みすぎたのか、沈黙が続く今が息苦しい。
たった少しの時間にかなり貪欲になってしまったみたいだ。
時計台が見えた。
「琴羽、あちらを」
お父様が手で一方向を示す。
五メートル先。
その先に、円がいた。
「円…!」
珍妙だが不思議と似合っている銀髪。
時計台の傍だというのに、腕時計を忙しなく見ている姿にクスリと笑った。
でも。
「いけませんわお父様、今日は円は外出しては駄目なのです」
怪しい人物がいないかと辺りを見回していると、お父様が私の肩にポンと手を置いた。
「よく見ているんだ──私の人形よ」
よく知っている低い冷たい声に怯えるより早く、私の目に信じられないような光景が飛び込んできた。
円の後ろに黒い車────────。
「円ーーーーーーっ!!!」
駆け出した足と、歪んだ視界──。


