【短編】きっと、本気の恋だった。


「お嬢様、どうか、どうかお気を付けて」


楢崎の言葉を背に、笑顔で手を振ってから車を下りる。

全くもう。

待ち合わせは時計台前の、楠らしい。

楢崎が怪訝な顔をしながら教えてくれた。

ワンピースに皺はないかしら。

髪は乱れていないだろうか。

お父様に会うときは気にかかって仕方がない。

鏡で何度も確認している私は、端から見たらただのナルシストかもしれない。

でも違うの。私はただお父様に認めてもらいたくてずっと──。


───ずっと、何だろう。

頑張った末に、何があるというのだろう。

冷泉を継ぐことが、私のゴール?


考え出すと頭が痛い。

こんなときは考えないのが一番だ。

気を取り直して姿勢を正し、前を向く。

姿勢をしゃんとさせると目も覚めるし。

本当に眠い。

朝も寝坊したのに、ずっと眠い。

車の中でも無礼にも寝てしまった。

ごめんね楢崎と心の中で詫びる。


「琴羽」


全身にぴりりと電流が走るような感覚。

お父様の声だ。

外用の、柔和な笑みを浮かべている。

厳格なお顔のお父様が嘘でも笑って下さるのは嬉しい。


「お父様!おはようございます」


「おはよう琴羽。時間通りだ」


ふわりと笑うお父様。

えもいわれぬ嬉しさがこみ上げる。