【短編】きっと、本気の恋だった。


いつの間にいたのか、そこに女性が一人立っていた。

そんなはずはないけれど、風と一緒に現れたのではないかと思うほど気づかなかった。

しかし、こんな変わった雰囲気の人に気づかないことがあるだろうか。

長い髪の、端麗な顔立ちの女性。

襟が黒い白いブラウスに何か模様のある黒いネクタイ、同じ黒色のショートパンツに、太股の半ばまであるしっかりしたブーツという出で立ちだった。

極めつけはその上の白衣で、学校関係者ではないと分かる。
保健医というのもあるけれど、この人の目つきは到底保健医のそれじゃない。

鋭い──でも、悲しそうな。

何かに耐えるような、そんな強い感情を持った表情だ。


「…あの。こんにちは」


円は不思議と警戒していないようで、いつも通り無愛想に挨拶をする。


女性は、少し目を見開いた。

懐かしむように口元を弛めたが、すぐに元に戻ってしまう。


「円──……」


彼女の唇から幼馴染みの名前が漏れる。

そして。


「その髪飾り、どこでっ!!」


思わず大きな声を出してしまうほど、許せなかった。

その人の髪には私と同じ髪飾りがあった。

あれは円が紫香楽のお母様と真剣に素材を選んで、自分で造ってくれたものだ。


「こ、れは…」


「何で貴女がそれをっ…貴女、何者なんですか!?」


「琴羽、その言い方は…」


円が私をとりなしたところで、彼女は口を開いた。


「紫香楽 円。貴方は明日、出かけてはいけません」


「何よ、貴女が指図するなんて許さないわ!」


私が叫ぶと、彼女は私をぎろりと睨んだ。


「貴女は円のことになると思慮が欠ける。昔からだけど。私は紫香楽から使わされた者よ。じゃなきゃこの学校に入れないでしょう」


うっ、と思わず黙ってしまう。

何よ、この人。

そうは思うものの、やはり髪飾りが気になる。


「とにかく、円。明日、外に出てはいけないわ」


「…貴女は、もしかして」


円が何か口走るが、女性は私に目を向けた。


「琴羽。貴女は──必ず、円を守りなさい。何があっても」


強い、眼差しだった。

有無を言わせない瞳だった。


彼女は、それだけ言うとすっくと立ち上がり、歩いて行く。

私も円も、女性の後ろ姿を見つめるばかりだった。