お母さんは結構なやり手らしく、どうもわたしが就職できたとしても太田弁護士の娘ということで周りが恐縮してしまうだけじゃないかとお母さんの事務所の人から言われてしまった。

 そのため、お母さんは逆にわたしとお母さんをしっかり知っている人のほうが厳しく指導してくれるのではないかと考えたようだ。そのため、お母さんの勧めもあり、その人の事務所で働くようになった。

 お父さんは会社でかなりいい位置まで上り詰め、退職を考える時期になっていた。

 榮子は経理関係の仕事をしていたが、結婚を機に退職してしまった。

 沙希さんは当初の希望通り医学部にストレートで医学部に進学し、内科医として働いている。

 大きく変わったが、変わらないものもある。お母さんは今も同じように弁護士として働いているし、瑤子さんも週に一、二度だが、家に顔を出してくれていた。そして、わたしと義純との関係も同じだ。

 あのわたしの過去の夢も、十二年前から一度も見ていない。
 もっともすべてを思い出してしまった今となっては不要な夢ではある。

 潮の香りが鼻をかすめた。
 わたしは乱れる髪をそっと整えた。

「君にあって、意外なことだらけだったよ」

 川本さんは目を細めた。

「それは過去の話?」
「過去も今もどちらもね。あのとき、俺が俺じゃなかったとき、人質だったんだ。油断をしたら、隙を見せたら父の邪魔になると思っていた。だから、心を許さないと決めたのに、君に会ってすべてが変わった。このまま、あそこで暮らしたいとも思った」