お母さんは前髪をかきあげた。

「分かった。今日は何も言わないわ。それならいいでしょう」

 わたしは唇を噛むと、頷いた。準備を済ませ、お母さんが出してくれた車に乗り込んだ。
 わたしもお母さんも何も言葉を交わさなかった。言葉を交わせば、お互いにその話になると分かっていたためだろう。

 お母さんが駅の傍にある駐車場に車を止めた。

「もうすぐ着くと思うわ」

 わたしはその言葉に頷いていた。

「迎えに行ってくるよ」

 わたしは車を降りると、胸をなでおろした。お母さんと今の雰囲気のまま二人でいるのはきつかったためだ。今の状況が一時しのぎに過ぎないと分かっていても。

 わたしは駅の改札口の近くまで歩いていった。ちょうど電車が入ってきたところだ。
 駅からどっと人が出てきて、わたしはお父さんの姿を探していた。
 その人ごみの中に長身で端正な顔立ちをした男性を見つけた。彼はわたしを見ると、目を細めた。

「そのワンピース、よく似合っているね。買って正解だったよ」
「お父さんも知っていたの?」
「お母さんから相談されたんだよ。頑張ったご褒美にってね」
「そっか」

 だが、家のときほど、素直に喜べなかった。お母さんは川本さんとの付き合いを反対している。明日になれば、またその話が再燃するだろう。

「何かあった?」
「なんでもない」

 きっとお父さんも同じだろう。きっとわたしと川本さんとの付き合いを反対する。彼の親がどんな人でも川本さんには関係ないのに。それに、お父さんが病気をしているとかそんな理由があるかもしれないのに頭ごなしに否定するのは間違っている。