朝霧のポケットの中で。


実琴はそっとその隙間から僅かに見え隠れする、揺れる景色を眺めていた。

まだ心臓がドキドキしていた。


カラスに襲われるという恐怖。

確かに人の姿であっても、カラスは何処か怖い存在ではある。

賢い知能を持ち、身近に存在する鳥の中では大きさもある。その大きなくちばしにうっかり突かれようものなら普通に危険だ。

(でも、そんな生易しいものじゃない…)

弱肉強食。食物連鎖。

まさにそういった類の命の危機。

猫がカラスに襲われる…そういう事例があることを知らなかった訳じゃないけれど。

(本当に怖かった…。朝霧が助けてくれなかったら、どうなってたか分かんないよ…)

今頃、スプラッタ状態だったかも知れない。


思わず恐ろしい画を想像しかけて、それを振り払うように実琴は小さく頭を振った。

すると、ポケットの布の外側から朝霧がそっと自分を押さえるように手を添えて来るのが分かった。


(あさぎり…)


ポケットから、うっかり落ちないように…?

他の者にバレないように、というのもあるのかも知れないけれど。

でも…。


(…優しい手、だね…)


布から伝わる朝霧の手の温かさが安心感をくれる。

恐怖で緊張していた身体から力が抜けていくのが自分でも分かった。

途端に歩みとともに揺れる振動が眠気を誘う。


実琴は睡魔に抵抗する術もなく、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。