実琴は深呼吸をするように小さく息を吐くと、背伸びをしながらゆっくりと朝霧の顔へと自分のそれを近付けていった。


ドクン…ドクン…。


どんどん心拍数が上がっていくのが自分でも分かる。

煩い程に自分の心音が耳元で響いていた。


朝霧の整った顔が目の前にある。

(眼鏡がちょっと邪魔かも…。当たらないようにしないと…)

そんなことを頭の隅で考えている自分は、自分で思っているよりも案外余裕があったりするのかも知れない。


あと僅かで触れ合う距離。

実琴も瞳を閉じると、意を決するようにそっと唇を合わせた。


「………」


お互いの唇が微かに触れる程度の、軽いキス。


そのまますぐに身を引こうとした実琴の背に、突然朝霧の腕が回り込んだ。

「ちょっ…!」

まるで抱き締められるように固定されて。

慌てて見上げた実琴の目の前には、至近距離で朝霧が自分を見下ろしていた。


「随分と、あっさりした可愛いキスだな」

「…う…」

稚拙さを指摘されてしまったようで恥ずかしさに尚更顔を真っ赤に染めていると。

「だが…ミコの時より実琴の方が断然良かった」

そう言って、朝霧はニヤリ…と笑みを浮かべた。

ニヤリ…とはしているものの、その笑みに嫌味な様子はなく表情はあくまで優しい。


(私、朝霧の優しい顔、好きだ…)


子猫にならなければ見れなかった顔。

知らなかった朝霧の一面。

自分がこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。


「あさぎり…」

「今度は俺から、…してもいいか?」


甘く低い声で囁かれ。

実琴はこくり…と小さく頷くと、そっと瞳を閉じた。





子猫として、朝霧の腕の中にいるのは居心地が良かったけれど、やっぱり私は実琴として朝霧の傍にいたい。