こんな日に限って、空は馬鹿みたいに晴れている。

冬がいつ終わったのかもわからないまま春が来て、紫陽花の花もろくに見ないまま梅雨の時期までもが終わってしまった。からからに乾いたアスファルトの上を、私の足元から向こうの木陰までアリの行列が続いている。


「先輩またフラれちゃったんですか」


耳を裂くような蝉の声が、肌をじりじりと焼く陽射しに乗って私の身体のあちこちに刺さってゆく。視界の端で、ぽとりと地面に落ちた一匹の蝉が、ぐるぐると円を描くようにのたうちまわり、ジジ、と短く鳴いた後で動かなくなった。

あの蝉が死んだことなんて、この世界にとっては何の意味もないのだろう。


「ふられちゃった、せっかくの夏休みなのに」

「もういい加減諦めたらどうですか」

「それができたら苦労しないよ」

「しつこい男は嫌われますよ」

「もう嫌われてるから関係ないもんね」


ぼろぼろと涙を零しながら、まるでそれが嘘のように優しく笑う。先輩はとても器用な人だ。

ねぇ先輩知ってますか、さっきそこで蝉が死んだんですよ。


「なんで俺ふられちゃうのかなぁ」

「あの人は先輩のことが好きじゃないからじゃないですか」

「俺はめっちゃ好きなのに」

「先輩があの人を好きでも、あの人は先輩のことが好きじゃないんだから仕方ないですよ」


どうしてこんなに当たり前のことを、こんな灼熱地獄で語り合わなければならないのだろうか。今日は一日中冷房の効いた部屋にいて、少しだけ課題をやって、午後にはアイスを食べながらドラマの再放送をのんびり観る予定だったのに。


「あーあ、なんか悲しくなってきた」


先輩がとても悲しいこの瞬間、先輩が恋するあの人はほんの少しだって悲しくない。私が先輩をこんなにも好きでいるこの瞬間、先輩は私のことをこれっぽっちも好きじゃない。ちいさな蝉が短い生涯をぱたりと終えたこの瞬間、蝉時雨は何も変わらず喚き続けている。

私は知ってる。不毛って言うんだ、こういうの。


「先輩、キスしませんか」

「え、なんで」

「なんとなく」


へらりと笑って見せた視線の端で、死に損ねた可哀想な蝉が一匹、ぐるりと円を描いて飛び去った。



【だって夏は死なない】

(私も死なない、先輩も死なない。悲しくてもやりきれなくても、不毛でも死なない。蝉はさっき死んだのに)