触れ合わせたことのない口唇。

手をつないだり、抱きしめることはあっても、そこはまだ未開で、俺にとってのバロメーターだった場所。

俺が初めて触れたいと思えた、愛しく思える存在(女ヒト)のそこに、一度触れてしまえば、そのあとの欲求に自制がきくかどうか……自信がない。


「いや…待ってないし、ちょっと“うとうと”してただけだから、大丈夫だよ」

それを聞いて、微笑んだ紫音。

「紫音さ…俺の前でも油断は禁物な」

紫音へ言い聞かせるようでいて、自分をも抑える。

『?』

俺を覗きこんだままで、角度の変わった顔に、


"だーーかーーらーー……塞ぐぞ。
どれだけガマンしてると思ってんの……"


横から俺の正面へ移動してきた紫音は、俺を無言で見下ろしたままで、視線も絡んだまま。

そんな俺達の間に、スッと影が出来たかと思うと、髪を耳にかけた紫音が再び腰を屈めた。

次の瞬間、俺の鼓動が大きく跳ね上がった。


「!!」


時間にして、ほんの数秒。

何が起こったのか一瞬わからなかったことに、思考が追いついてくる。


"ぇ………今のって…キス…だよ…な?"


『“ガマン”出来なくなっちゃいました。……女の私から襲うなんて、ダメですね』

顔を赤らめて、気恥ずかしさからか、フイッと横に流された視線。それに半分理性が飛んだ俺は、

「何でそんな可愛いの?ダメなわけねぇし、むしろ俺と同じ気持ちでいてくれたことがわかって、すげぇ嬉しい」

そう言って、紫音の片頬へ手を添えた。

スッと立ち上がり、もう片頬にも手を添える。

俺は紫音の両の頬を包み込み、今度は俺が屈んでその口唇へと触れた。

柔らかく、甘ささえ感じるその場所に、つい今同じように感じていたことを再認識する。

そして紫音の前では、俺も無防備になっていたことを実感した。