「なんだ、お前残業してくれるのか?」

「はい!」

「じゃあ、舞阪。家まで送っていこう。帰る支度をしなさい。」

「はーい」


 せっかくの新藤の申し出なのだから、新藤に残業は任せ俺は茜と一緒に帰って行く。それなら、一先ずは安心だし、茜を遅くまで仕事につき合わせる必要もない。

 となると、ここで困惑したのが新藤だ。茜の為に残業するのに肝心な茜がいないのなら自分も帰ると言いだした。


「そうか、ならお前は早く帰れ。」

「茜ちゃん、一緒に帰ろうね!」

「小学生か! 一人で帰れ! 舞阪は残業があるんだよ!」


 どこまで小学生なんだ? 新藤も営業部の連中も毎日がこんな調子ではオチオチ仕事も出来やしない。ここは茜の素性を明かし、しかも、会長が選んだ婚約者がいるとハッキリ公表した方が良いのかも知れない。

 そう思うと溜息しか出てこない。俺は、もう、茜とは本当に他人になってしまったのだと感じてしまう。そして、これから先、どんなに俺が望んでも茜との未来は有り得ないと思い知らされた気分だ。


「課長? どうしたんすか? なんか暗いですよ?」

「お前がさっさと帰れば俺は嬉しくて涙が出るほどに喜ぶんだよ!」

「それって、茜ちゃんにエッチなことしようと考えていないですか?」


 「ない」とは絶対に言えないが、ここで「ある」とも絶対に言えない。もし、俺がそんな卑猥な事を考えていると思われたら茜に幻滅されてしまう。俺は何時まで経っても、手を出さない優しい父親代わりでなければならないんだ。

 こんなことを考えている自分が情けないし悲しくもある。本当に泣きたい気分だよ。


「課長?!」

「あーウザイな。お前はさっさと帰れ!! 舞阪、この資料のタイピングを頼む!」


 新藤を無視し茜に資料を手渡すと、茜は俺に笑顔を向けて「はい!」ととても元気の良い返事が返って来た。こんな茜との時間を新藤なんかに邪魔されて堪るものか。